企業再生、事業再生の局面では、手形の取扱いに非常に注意しなければなりません。
資金繰りイコール手形決済資金の確保と言ってもいいくらい、特に再生初期については、その取扱いは重要になります。
なぜ注意しなければいけないかというと、不渡り(支払期日に支払分の資金を用意できないこと)が6か月以内に2度発生すると、銀行取引停止という事態を招くからです。
銀行取引停止がなぜ「まずい」かというと、まず手形の振出しができなくなり、また、事実上の倒産とされ、信用の著しい悪化を招くからです。
ここで一旦、手形の基本的な事項についておさらいします。
手形についてはよくわかっている、という方は読み飛ばしてください。
まず手形とは何か?といったら、これは有価証券の一種、ということになります。
手形は為替手形、約束手形の2種類からなりますが、為替手形は現代の国内商取引においてはほとんど使われていません。ただし貿易に関する取引には用いられています。その内容は、振出人が支払人に委託し、受取人にその金額を支払ってもらうものです。為手(ためて)と略されて呼ばれます。効果として現金を直接送付するリスク(紛失や盗難)を減じます。
約束手形は振出人が受取人に対してその金額を支払うことを約束する有価証券です。略称は約手(やくて)。その用途として商業手形、手形貸付、融通手形などがあります。
商業手形は手もと現金が無い場合に振り出して支払いに充てます。「掛け」よりも回収可能性が高まるため用いられます。当然代金支払いの先延ばしの効果があります。これを受け取れば「受取手形」、振り出せば「支払手形」となります。
手形貸付は借入金弁済を手形により行うものです。各返済期日を支払期日とする手形を振出すことになります。貸付金の未回収リスクを低減させる効果があります。
融通手形は、商取引の介在しない手形です。手形を振り出せる人がお金に困っている人などを受取人として振出し、受取人は手形割引などで現金化します。振出人複数で手形を振出し合いし割引等で現金化する交換手形なども融通手形のひとつです。
手形を発行するには、銀行と当座勘定取引契約を結んで当座預金口座を開いてもらわねばなりません。契約にいたるには信用等の調査がありますので、誰でも作れるというわけではありません。当座が開ければ、手形用紙を銀行から購入し、それを使って手形を振り出すことになります。
◆手形を振り出す、受け取る意味
さて、手形を振り出す、手形で支払うのはなぜか、というところをおさらいすると、現金の支払を先延ばしにできる、期限の利益を得るため、でした。
現金の流出を一時的に避けられるわけですから、キャッシュフローの調整弁としては有用です。ただ、支払を先延ばしにするわけですから、手形を振り出すためには、振り出す会社が将来(支払期日に)ちゃんと支払ってくれることが担保される、いいかえれば会社の信用力が必要になります。なので、設立したばかりの会社など信用力が十分でない会社は当座を開けられず、手形も振り出せないことになります。
逆に、手形を受け取った側からすると、すでに商品を販売したり、サービスを提供しているにもかかわらず、すぐにお金が貰えないわけですから、仕入代金等の支払原資がありません。そのため、仕入先などへの支払について、融資を受けて賄ったり(いわゆる運転資金になりますね)、自らも手形を振出して支払ったり、はたまた受け取った手形を割引して現金化したりして掛かった費用を支払うことになります。
勘定科目ですと、手形を受け取れば受取手形、振り出せば支払手形という形で表わされます。
◆手形が不渡りになると。。
前回お話しした通り、手形は6か月以内に2度不渡りを出すと銀行取引停止となります。一般的にこれを倒産といいます。倒産となると、会社の信用状況が著しく悪化します。また、当然に手形の振出しはできなくなります(手形は会社の信用に基づいていますので仕方ないですね)。
手形の振出しができなくなると、取引は現金決済のみになりますから、手もと資金に相当な余裕がないと商売を続けていくのが難しくなります。
そもそも不渡りを出す、ということは決済資金が用意できなかったということですから、そのような状況で手もと資金が潤沢なわけがありません。ついては事業として続けていくことが困難になり、事業停止状態に陥ります。また、金融借入等については、契約上の期限の利益喪失事由に当てはまり、一括弁済を迫られることになります。
たとえ翌日に入金予定があったとしても、その時(決済日)に資金の用意ができなければ、不渡りになり、上記のようなことが現実となるわけですから、かなりシビアーな問題なのはわかりますね。
買掛金の支払が少々遅れても、これほどの問題にはなりません(噂では「あそこ資金繰りキツイらしいよ」等広がるかもしれませんが)。手形がコワイのは、一瞬にして上記のような状況になるところです。
◆手形を振り出す場合の注意点
手形は現実の支払を「先延ばし」するものです。
手形記載の金額はその期日に支払うことになります。
つまり、手形取引であれば取引時点で手もとに現金が無くても商売ができるわけです。
うまく使えば、いい道具です。しかし、管理を怠るとまずい結果をもたらします。
なぜなら支払期日前日までに資金を用意できないと不渡りになるからです。
6か月以内に2回の不渡りを出すと倒産、ということになるのは以前お話した通りです。
ですので、1回目の不渡りでは銀行取引停止にはなりません。「不渡報告」が銀行に通知されるだけです。
また、1回目の不渡りから6か月以内に2回目の不渡りを起こさなければ、不渡りは「無かったこと」になります。というとそんなに心配するようなことではない気もしますが、これがそうでもないのです。なぜかというと、支払期日は月に1回でないこともあるからです。
5日にA会社へ振出している手形の支払期日があり、10日にB会社へ振出している手形の支払期日があるような場合、5日に不渡りを出し、10日の支払に資金が間に合わないと、6か月以内に2回目の不渡り、ということになります。
5日に資金が足りないところ、その5日後の10日に資金を用意することは容易ではありません。
◆不渡りを防ぐポイント
そもそも手形を振り出して支払う理由は、以下のようなところでした。
①手もとに現金資金が無い
②支払うに足りる現金資金が無い
③手もと資金を減らせない
要するにお金がない(足りない)わけですね。
ですので、次の決済日まで時間が無いと、資金を準備するのは大変困難になります。
当り前ですが、資金を準備できれば不渡りは起こりません。
ただ、準備する(不渡りを回避する)にしてもいろいろとやることがあり、時間が必要です。
そのためにも「いつ」「いくら」足りなくなる、ということをできるかぎり早く把握しておくことが重要になります。
言い換えれば資金管理、資金繰りをきちんとする、把握することが不渡りを防ぐ、倒産を防ぐポイントになります。
◆資金繰り管理の重要性
利益は出ているのに支払日当日に決済資金が調わず、不渡りを出し倒産となった場合、これをいわゆる「黒字倒産」といいます。会社は赤字でも潰れませんが、キャッシュ(現預金)が無くなると即潰れるという意味がわかりますね。
ですので、手形を振出している会社はよくよく注意して管理をしなければなりません。
できれば資金繰りの管理を日々で追っておく(日繰りともいいます)ことをお勧めします。そうすれば、何日にいくら資金が必要で、いくら入金予定があって、そのときの資金がいくらでいくら足りないか、把握できますからね。
手形決済資金が足りなくても不渡りにしない方法はいくつかあります。ただそれも決済日直前に資金不足が判明したのでは打つ手がありません。時間切れです。
早めに分かれば、その分不渡りを回避する策を練り、打つことができます。
会社はキャッシュ(現預金)が無くなると倒産します。
倒産を防ぐために会社が先ず、しなければならないことは現金、資金の確保です。
そのためにも、支払を先延ばしできる手形は、有効な道具となります。
ただし、その用法には十分な注意が必要です。
資金繰りをきちんと把握して、キャッシュ不足を回避しましょう。
◆手形を受け取った場合の注意点
ここまで3回に渡って手形を「振出した」場合の注意点をお話してきました。
今回は手形を受け取ったときの注意点について述べていきたいと思います。
さて、手形を受け取るとはどういうことでしょうか。
手形を振出す効果が「支払の先延ばし」でしたから、手形を受け取る影響はというと、現金の回収が先延ばしにされることですね。
手形は会社の信用に基づいて振り出されるものでした。
手形を受け取るということは、現金回収ができないリスクも受け取ることになります。
ですので、手形を受け取る前に、手形で支払ってもらってもちゃんと回収できるのか、貸倒れにならないか、相手の会社の状況をよく見極めなければなりません。
既に手形での取引がある会社は、先方の信用状況について財務諸表をいただくなどして、定期的にチェックする必要があります。問題があれば、手形から掛け、現金での取引に変更する等、貸倒れ対策を検討していかなければなりません。
逆の立場で考えると、手形決済から現金取引に変えて欲しい、などと取引先から提案を受けた場合は、自分の会社の信用情報が悪化している、そういう噂が流れている、と思って間違いないでしょう。
◆資金繰り管理ができていないと。。(1)
手形を受け取ると現金の回収が先延ばしにされる(120日後が多い)ので、支払資金は、その売上では“瞬間的に”賄えない、ということが起こります。例えば、
11月1日 請負契約締結(請負金額5000万円、手付金1000万円現金)
11月1日 材料仕入(1000万円、末締め翌末払:12月末)
11月5日 外注依頼(3000万円、末締め翌々末払:1月末)
12月1日 納品、代金受取り(手形、支払期日3月末)
と、こんな取引があったとします。
手付金1000万円を現金でいただいているので、12月末の仕入代金支払いは可能ですね。
次の支払は1月末の外注費3000万円です。
さて、この支払はどうしましょう。
この売上に関する支払は受けていますが、手形です。
そのため、キャッシュが入ってくるのは120日後の3月末です。
困りました。外注費を支払うための現金キャッシュがありません。
手付金は仕入の支払に使ってしまってありません。
このままでは外注先に迷惑をかけてしまいますし、自社の信用問題になります。
◆資金管理ができていないと。。(2)
このようなことが支払日の直前にわかったとしましょう。
銀行の融資は相談してから早くても2週間、普通1カ月程度はかかります。
運転資金の調達は間に合いません。困りました。
外注先に行って支払期日の延期をお願いしますか?
お金をかき集めてきてなんとか払いますか?集められる金額ですか?
直前になって青ざめても遅いのです。
会社はキャッシュ(現金)がなくなれば倒産しますので、資金の枯渇はどうやっても避けなければなりません。ついては「いつ、いくら必要なのか」を把握する、資金繰り管理が重要になってきます。
資金繰り管理をする中で、キャッシュが不足するタイミングが早めに見極められれば、慌てることはありません。銀行から運転資金の融資を受け賄うことも可能でしょうし、手形を振出したり、掛のサイトを調整したり、場合によっては手形を割引いたり、裏書したりして、キャッシュの「入」と「出」を合わせていくことが可能となります。
キャッシュが「いつ入ってきて、いつ出ていくのか」を把握することは経営上マストです。
資金繰り管理をしっかり行って、不要な倒産を防ぎましょう。
◆手形割引とは
手形割引とは、受け取った手形を銀行や手形割引業者に持っていき、現金化することをいいます。
手形は支払の繰延べ効果がありますので、逆に受け取った場合は現金化までに4か月程度待たなければならないことは前回お話した通りです。現金化までの期間が待てない場合に手形割引をするわけです。
当座の口座を持っていない(手形を振り出せない)会社が売上代金を手形で受け取ったが支払は現金である場合など、入出金のピッチがあっていない場合に使われます。
つまりは手もと資金が足りない場合です。
しかし、割引いてもらった場合には、割引料や事務手数料、取立手数用などの手数料が掛かります。ですので、実際に手形を現金化して手許に残るのは、上記の費用を差引後の金額になります。割引料率は手形の信用度が高いものほど低く、信用度が低いものほど高くなります。
ここで注意して欲しいのが、もし割引いた手形が不渡りや信用が毀損したような場合、その手形を買い戻さなければならないこと。
売り切って終わり、というわけではないので裏書譲渡類似ですね。実際に裏書で割引をやっている割引業者さんもいます。買戻しの確実性を担保するため、銀行などでは定期預金担保や不動産への抵当権設定を求められる場合もあります。
◆手形割引料と利益率
あと考えなければならないのが割引料等、手形割引に要する費用です。
そもそも手形は、売上の代金として受け取ります。ここから割引料等を引かれるということは、その分利益が減ることを意味しているのはなんとなくわかりますね。
仮に、税引後の利益率が3%だったとしましょう。
例をあげると、
売 上 1000万円
原 価 800万円(原価率80%)
粗利益 200万円(粗利率20%)
販管費 150万円(販管費率15%)
営業利益 50万円(営業利益率5%)
営業外 0万円
経常利益 50万円(経常利益率5%)
特 別 0万円
税前利益 50万円(売上高対税前利益比率5%)
法人税等 20万円(税率40%)
税後利益 30万円(売上高対税後利益費率3%)
とこんな会社があったとします。
売上が1000万円で原価が800万円、販管費が150万円で営業外や特別の損益が無いので、手もとに残ったお金は50万円。法人税率が40%として、税引き後に残るお金は30万円。
なかなか優秀な会社さんだと思います。
さて、この売上で支払いを受けた手形1000万円を割引に出したとします。
割引料等掛かる費用が5%とすると、受け取る現金は950万円になりますね。
(手形額面)1000万円-(割引料等)50万円=(受け取る額)950万円
ここで先ほどのP/L(損益)に戻ってみましょう。
掛かった割引料を営業外の部分に入れて計算し直すと、
売 上 1000万円
原 価 800万円(原価率80%)
粗利益 200万円(粗利率20%)
販管費 150万円(販管費率15%)
営業利益 50万円
営業外 50万円
経常利益 0万円
特 別 0万円
税前利益 0万円
法人税等 0万円
税後利益 0万円
なんと利益が0万円です。
割引いて早期に現金化したため、1000万円は儲からない売上になってしまいました。
このように、手形を割り引くということは、手持ち現金(キャッシュ)を増やせる代わりに、利益を減ずるものであるということを忘れてはいけません。手もとに残る利益を割引料という形で“フイ”にして、キャッシュを得ているわけです。
ちなみに割引料等が5%(かなり信用度の高い会社の手形ですね)ですと、売上高に対する税前利益率が3%(なかなか優秀です)の会社でも2%の逆ザヤです。つまりは“損”です。
15%などで割ったら、大損です。1000万円の仕事をして30万円手もとに残るはずが、逆に120万円の持ち出しになってしまいます。
どうしても手もと資金が必要な場合以外、手形割引は行うべきでないのは明らかですね。
きちんと資金繰り表を作って、なるべく厄介にならないようにしたいものです。
◆手形割引の注意点②~売上減少傾向時の手形割引
手形割引はできれば使わない方が良い、というお話を差し上げました。
とはいえ、キャッシュ不足の状況を補うために活用せざるを得ない場合もあります。その場合はその後の資金管理を細心の注意を以て行わなければなりません。特に売上が減少傾向にある場合は要注意です。売上が上昇傾向にある場合と比較して考えていきましょう。
減少傾向にある会社さんをA社、上昇傾向にある会社さんをB社とします
両社とも売上は手形(120日サイト)で受け取り、原価も手形(120日サイト)の手形で支払っています。また、手もと資金が少ない中で事業を始めたため、毎月手形の割引を行って現金支払原資の準備をしています。割引料等は5%です。
両社の月次損益は以下のとおりとなっており、減価償却費等出金を伴わない費用はありません。
(A社)
4月 売上3000万円、原価2400万円、販管費300万円
5月 売上2900万円、原価2320万円、販管費300万円
6月 売上2800万円、原価2240万円、販管費300万円
7月予 売上2700万円、原価2160万円、販管費300万円
(A社4~6月計)
売 上8700万円
原 価6960万円
粗 利1740万円
販管費 900万円
営利益 840万円
営外損 435万円
経常利 405万円
(B社)
4月 売上3000万円、原価2400万円、販管費300万円
5月 売上3100万円、原価2480万円、販管費300万円
6月 売上3200万円、原価2560万円、販管費300万円
7月予 売上3300万円、原価2640万円、販管費300万円
(B社4~6月計)
売 上9600万円
原 価7680万円
粗 利1920万円
販管費 900万円
営利益1020万円
営外損 480万円
経常利 540万円
四半期を見ると両社とも黒字です。
B社の経常利益の方がA社のそれに比べ四半期で135万円多くなっていますね。
さて、4月の原価支払で振り出した手形が7月に支払期限を向えています。
そこで両社7月の入出金予定を見てみましょう。
(A社)
7月(入)手形割引2565万円(出)手形決済2400万円、販管費支払300万円
(B社)
7月(入)手形割引3135万円(出)手形決済2400万円、販管費支払300万円
あれっ、手形決済の金額と販管費は同じ額なのに、A社は「出」の方が135万円多くなっていますね。比べてB社は「入」の方が435万円多い。
A社はこのままでいくと7月に資金が枯渇します。
販管費の支払の方が決済日より前にあったら、不渡りを起こします。
これは一大事です。
このままでは会社が潰れてしまいます。いわゆる黒字倒産です。
至急なにがしか資金調達をしなければなりません。
翻って、B社はなにも問題なく、逆に手もと資金が435万円増加しています。
この差は何でしょう?
原価を手形で支払っているのに、売上で受けとった手形を割引するということは、後で発生する売上で今発生した原価を賄うことを意味しますね。
ということは、
後で発生する売上が、原価が発生したときの売上よりも低いとどうなるでしょう?
当然お金が足りなくなりますね。A社さんの状況はまさにこのような状況です。
逆にB社さんは後で発生する売上の方が大きいですから、何の問題もありません。
上記のとおり、手形割引を恒常的に行っている会社の業績が一旦下降し始めると、途端に資金難に陥るところが手形割引のコワイところです。
でも、将来業績が下がるかどうかなんて誰もわかりませんよね。
ですので、手形割引を行っている会社さんは、最悪の最悪の売上高を想定し、その売上で妥当な手形割引高がいくらなのか把握し、その額に合わせるよう、コスト管理、資金管理をしていく必要があります。
手形割引は本来的には成長過程の中で資金不足が生じた場合に用いるのが本来のところ、業績下落傾向にある企業が資金難により手形を割るのは、とりあえずの延命処置であり、問題の根本的な解決にはなりません。むしろ将来、倒産の可能性を高める危険性もあります。
お酒も適量なら百薬の長といいます。自社の適量をしっかり把握し、計画的な利用を図りましょう。