「銀行に融資を相談したら、担保になる不動産がないと難しいと言われた」——中小企業の経営者から、こうした声をよく耳にします。
事業は順調で、倉庫には在庫が積み上がり、売掛金も十分あるのに、「不動産がないから」という理由だけで資金調達の扉が閉じてしまう。これは、長年にわたる日本の中小企業の構造的な課題です。
ところが2025年(令和7年)6月、この状況を大きく変える法律が公布されました。「譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律」(通称:譲渡担保法)です。
動産(機械・在庫など)や売掛債権を使った担保融資のルールを初めて法律に明文化したこの法律は、2027年(令和9年)12月までに施行予定。中小企業の資金繰り・財務戦略に大きな影響を与えます。
本コラムでは、「譲渡担保法とは何か」「自社にとって何が変わるのか」「今から何を準備すべきか」を、経営者・財務担当者の方に向けてわかりやすく解説します。
「譲渡担保」は以前からある仕組みだった
「譲渡担保」とは、借り入れの際に財産(動産や債権)を名義上、貸し手に譲渡しながらも、借り手が引き続きその財産を使い続けられる担保の仕組みです。不動産を持たない企業でも活用できるため、製造業・卸売業を中心に実務上は広く使われてきました。
たとえば——
倉庫内の在庫全体を担保にしながら、日々の仕入れ・出荷を続ける(集合動産譲渡担保)
売掛金をまとめて担保にしながら、通常通り回収する(集合債権譲渡担保)
機械設備を担保にしながら、そのまま製造に使い続ける
なぜ今まで使いにくかったのか
仕組みとしては存在していたものの、これまで法律に明文の規定がなく、ルールのほとんどが「判例(裁判所の判断の積み重ね)」に委ねられてきました。そのため次のような問題が生じていました。
・ルールの不透明さ
法律の裏付けがないため、金融機関が「トラブル時に何が起きるかわからない」とリスクを感じ、動産・債権担保融資の普及が進みにくい状況でした。
・優先順位の曖昧さ
同じ財産に複数の担保権が設定された場合、どちらが優先されるかのルールが不明確で、金融機関が安心して融資できませんでした。
・借り手保護の欠如
担保権者(貸し手)は債務不履行後に裁判所を経ずに財産を取り上げる「私的実行」が可能で、借り手企業が事業再生の手を打つ余裕がほとんどありませんでした。
新しい譲渡担保法は、こうした課題を一つひとつ解消するために制定されました。
① 在庫・売掛金を担保にする融資のルールが明確になる
集合動産・集合債権譲渡担保のルールが法律に明記され、金融機関が安心して融資しやすくなります。具体的には、担保設定後も借り手が在庫の処分・売掛金の回収を通常どおり続けられることが明文化されました。
ただし、担保全体の価値を維持する義務があり、故意に担保価値を減少させることは禁止されます。「不動産はないが、在庫や売掛金なら十分ある」という企業にとって、資金調達の新たな選択肢が広がります。
② 借り手を守る「2週間ルール」が新設される
これまで私的実行(裁判所を経ずに担保財産を取得する実行方法)は短期間で完了し、借り手企業が事業を立て直す余裕がほとんどありませんでした。
新法では、実行に着手してから2週間が経過するか、担保財産の引渡しがあるまでは実行の効果が発生しないこととされました。この猶予期間により、借り手企業は民事再生などの倒産手続きを申し立てる時間を確保できます。経営が苦しくなったとき、この「2週間」が事業を守るための貴重な時間になります。
③ 倒産時のルールが明文化・保護措置が強化される
破産・民事再生などの倒産手続きにおける譲渡担保権の扱いも明確になります。
・譲渡担保権は「質権と同様の担保権」として処理される
・事業継続に必要な財産を守るため、裁判所が担保権実行の禁止命令・取消命令を出せる制度が新設
・集合動産・集合債権の担保実行から1年以内に倒産手続きが開始した場合、担保財産価値の10%相当を従業員の給料など一般債権者のために確保する「組入制度」が創設
この組入制度は、広範な担保設定によって従業員への給与支払いが滞るリスクを軽減するための措置です。
④ 「占有改定劣後ルール」導入で登記の重要性が増す
新法では、外部から認識しにくい「占有改定(借り手がそのまま財産を保持する形での担保設定)」による担保権は、後から登記で担保権を設定した者に順位で劣後するルールが導入されます。
つまり、動産・債権担保を利用する場合は登記が事実上必須となります。現在すでに占有改定で担保権を設定している場合は特に注意が必要です(詳しくは次章)。
【重要】施行前に占有改定で担保権を持っている企業は要注意
現在すでに占有改定によって動産担保融資を利用している場合、施行日から2年以内に「順位保全の登記」をしなければ、後から登記を備えた担保権者に順位で負けてしまいます。施行予定の2027年12月から逆算すると、早めに取引金融機関・弁護士・司法書士に確認することを強くお勧めします。
取引銀行に「動産・債権担保融資」を聞いてみる
ルールが明確になることで、金融機関が動産・債権担保融資を積極的に提供しやすくなります。「不動産がないから」と諦めていた融資も、在庫・機械・売掛金を活用することで実現できる可能性があります。施行を前に、主要な取引銀行に「新しい譲渡担保法を踏まえた融資メニューの検討状況」を聞いてみることが、先手を打つ第一歩です。
「万が一のとき」の備えとして法律の内容を知っておく
経営が苦しくなったとき、担保権の実行に対して2週間の猶予があること、裁判所が実行禁止命令を出せること——こうした「借り手を守る仕組み」を知っているかどうかで、いざというときの対応スピードが大きく変わります。今のうちから顧問弁護士・税理士などと情報共有しておくことをお勧めします。
まとめ
新しい譲渡担保法は、「不動産がなくても、在庫・機械・売掛金を担保に資金調達できる」という仕組みを、法律という確かな基盤の上に乗せるものです。中小企業にとっては資金調達手段の多様化と借り手保護の強化という2つの恩恵があります。
一方で、登記対応など今から動くべき実務的な課題もあります。「自社にはどんな影響があるか」を早めに整理しておくことが重要です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本コラムは、法務省が公表した「新しい譲渡担保法」説明資料(令和7年6月)をもとに、一般的な情報提供を目的として作成しています。個別の法的判断・融資相談については、専門家(弁護士・司法書士・金融機関)へのご相談をお勧めします。